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パイレーツを解雇された桑田について、契約時に書いたコラムを再掲する。

  • 2007/08/20(月) 10:54:56

2006年12月19日に書いた桑田についてのコラムを再掲する。
この頃予想していたことと実際は違ったものの、結果的にマイナーキャンプで解雇されていた方が、彼にとってよかったんじゃないかと思い返している。


【野球/MLB】桑田、パイレーツとのマイナー契約を表明。

うーん、微妙。この一言しか思い浮かばない、桑田の渡米である。

巨人との決別を自分から公言し、結局アメリカ球界に活路を見出す選択をした桑田真澄が、12月18日に記者会見を開き、ピッツバーグ・パイレーツとマイナー契約を結ぶ意向であることを明らかにしている(だが、日本時間の12月19日午前9時現在、パイレーツからトランザクションに関する正式なリリースがないので、まだサイン前だと思われるのだが・・・、今明かしてしまっていいのだろうか?)。

桑田は以前、自身の右肘の執刀医であるフランク・ジョーブ博士に近く、また気候もいいロサンゼルスを本拠地にするドジャースへの移籍を希望すると語っていたが、最終的にはレッドソックスとパイレーツを含めた3チームからの選択となったようで、桑田は「(レッドソックスから)一番いいオファーは頂いて(気持ちが)傾いたこともあった。お金だけで考えたらレッドソックスとサインしていた」と諮詢したことを打ち明けている。パイレーツに決めた理由は「お金だけでは決められないものがある」とのこと。それは、このチームの象徴とも言えるロベルト・クレメンテの存在だったそうである。桑田は「ロベルト・クレメンテという自分の中で大切にしていた選手がプレイしていた球団ということに惹かれました」と続けている。

クレメンテはメジャーファンなら誰でも知っている英雄である。プエルトリコ出身の彼はパイレーツと契約して1955年にメジャーデビューを飾り、メジャー18年間で通算打率.317、240本塁打、1305打点をマークする強打者だった。更に守備でも無類の強肩ぶりを発揮し、特に1971年のオリオールズとのワールドシリーズでは打率.414をマーク、第6戦、第7戦でホームランを放ってチームのワールドチャンピオン獲得に大きく貢献し、シリーズMVPを獲得している。
しかし、1972年12月31日、ニカラグア大地震の救済物資を現地に運ぶ為乗り込んだ飛行機が墜落し、クレメンテは帰らぬ人となったのである(一説には積み荷が重過ぎたことが原因とも言われている)。
そうした献身的なボランティア精神はその後多くのメジャーリーガーに影響を与え、メジャー気候もプレイ以外の場で福祉活動に貢献した選手に対して、毎年ロベルト・クレメンテ賞を贈ることを決めている。

桑田は「自分なりに、一生懸命ボランティアを毎年オフにはさせてもらってきた。そういう気持ちを芽生えさせてくれた人なんです。そこで自分がプレイできたら、何かが感じられるんじゃないか、という思いもありました」と語っているが、・・・まぁ意地の悪い言い方をすれば、パイレーツとくればクレメンテの名前を出せば誰もが納得する部分もあるわけで、それだけじゃないのでは?と勘ぐりたくなってしまうのだ。

まず、レッドソックスとパイレーツを比較すると、仮にメジャーで先発することを目標とするなら、断然パイレーツの方が桑田にとって可能性は高い。何故なら、レッドソックスは松坂の加入でほぼ先発枠5人が確定しており、今はブルペン、特にクローザーを探している段階だからである。
一方のパイレーツは全く混沌とした状況で(・・・これは毎年のことだとは言えるのだが)、誰がエースなのかさえはっきりわからない状況である。取りあえず二桁勝利を挙げたのはザック・デューク(10勝15敗)とイアン・スネイル(14勝11敗)で、後は8勝10敗のポール・マホームあたりが今季も確定か、という惨状なのだ。昨年はヤンキースの救世主となったショーン・チャコンが不調の為に今季途中にパイレーツにやってきたが、復調が果たせれば来季はエースになる可能性がある、程度の光しか射していない。
だが、デビルレイズなどと同様、この球団も資金面で苦しい状況が続いており、FA市場にうって出るだけの余裕がない。結局、若手を育てては年俸が上昇するタイミングで放出、を繰り返しながらここまで来ているという印象が強いのだ。
当然、選手の年齢が若く、その中にロベルト・ヘルナンデス(私と同い年!)という超大ベテランが混じって発展途上の若手を触発する役を果たしていたりもする。おそらくパイレーツの狙いは、桑田にヘルナデスのような存在になってもらうこと、そしてまだ一度も日本人選手と契約したことのないフレッシュさで、あわよくばジャパンマネーの恩恵を・・・、といったところではないだろうか。そういう意味では、桑田とパイレーツの思惑が合致した部分がいくつかあるように思われる。

だが、マイナー契約となると前途はかなり厳しい。あの野茂ですら、今季は故障者リストに入った段階で、ホワイトソックスの3A級から解雇されているのである。ベテランに求められるものは結果だけで、伸びしろを期待して解雇を我慢するということは絶対にない。ダメなら即「Fired!」なのである。
桑田が契約内容を明らかにしていないので憶測で語るしかないのだが、もしキャンプ招待選手だった場合には、オープン戦に入る前にクビが言い渡される可能性も十分にある。何故ならこれは「来るなら来れば?見るだけ見てあげるから」というスタンスの契約だからなのだ。・・・なので、記者会見とか空港での出陣式みたいなことやっちゃうと、・・・ね?えらい恥かしい思いをして帰国するなんて事態も招きかねないよ、という話なのである。

で、問題の桑田のパフォーマンスなのだが、・・・キビシイ。同じマイナースタートかつ「高齢」ということで、ドジャースの斎藤を例にし、彼が活躍できたのだから桑田もうまくいくのでは?という見方もされているが、ストレートのスピードが90マイルを遥かに下回る桑田の場合、変化球のキレとコントロールが頼りとなるわけで、これがクセモノなのだ。
長谷川がエンジェルスと契約し、メジャーで登板してすぐに悟ったことはスライダーでは勝負できないということだったそうである。メジャーの打者は投げられた球がストレートなら引っ張り、スライダーなら流す、という対応をしながらバットを振り出しているので、実戦で苦い思いを味わいながら「これではかわせない」という結論に至ったのだ。そこで彼はストレートのスピードアップに活路を見出し、最終的に90マイルを常時超えるだけのスキルを身に付け、セットアッパーとして名を馳せることになったのである。今の桑田にこうしたレベルアップを求めることは難しい。年齢による衰えに逆らいながらプラスに転じるだけの時間的な余裕がないとも言える。前途多難だとしか言いようがない。

従って、どうしてもイメージをダブらせてしまうのが、ブリュワーズ入りを目指して1985年に渡米した江夏のケースである。彼も西武からケンカするように離脱し、アメリカでの野球生活を夢見たが、オープン戦でセレクトされて挑戦を終えている。なので、ファンには大変申し訳ないのだが、桑田が迎えるであろう結果も江夏の時と同じだと感じられてないらないのだ。

ただ、38歳の投手に再び奮闘する機会が与えられたことは幸運だとも言える。そこに身を投じ、何かを得られれば彼にとって意味のある時間になるだろう。その心意気だけは買いたいと思うし、ファンはアメリカで桑田が得る経験が日本の野球に何かの形で反映されることのみを願うべきではないだろうか。少なくとも、選手としての桑田にはメジャーの力はない。仮にそれが果たされたとすれば、桑田のスキル以外の「何か」をパイレーツが求めた結果である。そしてそれは、桑田真澄という投手のヒストリーとMLBにとって、歓迎すべきものでは決してないのだ。

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