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元投手と現役投手、どちらも打撃でファンを沸かす

  • 2007/08/21(火) 20:43:00

野球の神様は、時に一人の選手へいくつもの才能を授けることもある、という話である。

2007年8月9日、セントルイス・カージナルスのリック・アンキールが3年ぶりのメジャー復帰を果たした時、誰もが驚いたことはまだ記憶に新しい。彼は1999年に投手としてマウンドに立ち、翌2000年には11勝7敗の成績を残してチームの中地区優勝の牽引者として活躍を見せたのだが、メッツとの対戦となったナショナル・リーグ・チャンピオンシップの第2戦で、歴史に残るパフォーマンスを演じてその名を轟かせてしまう。この試合に先発したアンキールは、1イニングで2ワイルドピッチという信じられない投球を見せ、たった2/3イニングを投げたところで降板を言い渡されてしまったのだ。しかもこの時の内容は安打こそ1だったものの、ストライクが入らず3つの四球を与えて2失点を喫し、結局チームもその後試合をひっくり返すことができず5-6で敗れている。そして悲劇はメッツが3勝1敗で迎えた第5戦でも起きる。カージナルスは先発のパット・ヘントゲンが初回に捕まって3点を献上、メッツは4回にも3点を加えて試合の主導権を握って迎えた7回裏、カージナルスの3番手としてマウンドに送られたアンキールは、またしてもすさまじい投球を見せてしまう。彼は、投球開始前の練習で投げた最後のボールがバックネットを直撃する暴投で、シェイスタジアムのメッツファンはアンキールを「これもワイルドピッチだ!」と囃し立てたのだ。この回先頭のボーディックを歩かせた後、バントと三振で2死2塁まで何とか漕ぎつけたアンキールだったが、ここで2球続けてワイルドピッチという第2戦の更に下を行く投球を見せて、メッツに決定的とも言える7点目を与えてしまったのである。
アンキールはこの後、ストライクが全く入らない状況に陥り、2001年も何とか1勝2敗の成績こそ残したものの、もはやカージナルスの左エースと呼ばれた2000年の投球を再現することができなくなって、結局以降2年間をマイナーで暮らすことになったのだ。2004年に一瞬メジャーに舞い戻ったものの、1勝こそ揚げたが10イニングで被安打10、6失点という惨状では定着することができず、またマイナーへと降格していったのである。その後アンキールは打者へと転向し、今年外野手としてメジャーのユニフォームを見に纏ったのだ。アンキールは元々打撃のいい投手で、2000年には2本塁打を含む17本のヒットを放ち、打率.250という成績を残している。野球選手として生きる為に、彼はバットを手に道を切り開き、それを果たしたというわけなのだ。
そのアンキールは、打者デビュー戦で4打数1安打をまずマークすると、8月11日の対ドジャース戦では2本塁打、3打点でチームの勝利に貢献し、8月20日の対カブス戦までの成績も打率.313、4本塁打、7打点という素晴らしいものになっている。この為、田口の出番がまた少なくなるという事態を生んではいるものの、なかなか一皮剥けないクリス・ダンカンに代わって強打の左翼手がスタメンに名を連ねることはチームとしても大歓迎ということで、今後の活躍に注目が集まっている。

一方、元ではなく現役の投手でも強打で名を売り出している選手がいる。アリゾナ・ダイヤモンドバックスのミカ・オーウィングスがその人である。
オーウィングスは今季メジャー初昇格を果たした新人で、ここまで6勝6敗、防御率4.70とまずまずの成績を残しているのだが、それ以上に打者としての活躍ぶりがファンの間で興奮をもって語れているのだ。ここまでオーウィングスは44打数で12安打を放ち、打率を.273としているのだが、驚くなかれ安打の内容が二塁打2、三塁打1、本塁打3とそこらの控え野手が真っ青になるほどの長打力を発揮しているのだ。特にすごかったのが8月18日の対ブレーブス戦で、5打数、4安打、6打点をマークしたのである。投球の方でも7回を投げて3失点で今季6勝目を挙げているのだが、当然話題はバットに集中した、というわけなのだ。
オーウィングスは、1982年9月28日にジョージア州アトランタ近郊で生まれている。ゲインズビル高校時代にはアメリカの高校野球史上第2位となる通算69本塁打をマーク、2001年のドラフトでロッキーズから指名を受けたもののこれを拒否、ジョージア工科大へ進学すると投手と一塁手で全米代表に選出されるというとんでもない事態を生んでこれがニュースになっている。2年生の時にカブスからドラフトで指名されるもののこれも拒否し、転校したチューレーン大学の卒業年となった2005年のドラフトでダイヤモンドバックスから指名を受けて、ようやくプロ生活をスタートさせ今に至っている。


それにしても8月18日のオーウィングスのバットは大暴れという形容がふさわしい内容だった。まず2回の第一打席でレフトへ2点タイムリーヒット、4回にはレフトポール際へ2号ソロ、6回にはバックスクリーン直撃の3号ソロ、更に7回にはセンター前へタイムリーをそれぞれ放っているのだ。その為、8回のオーウィングスが打席に立つと、敵地アトランタでありながらファンがスタンディングオーベーションで迎えるという事態まで生んでいる。何故なら、ここで二塁打を放つとサイクルヒットが完成するからである。オーウィングスは初球をジャストミートしたが、打球は惜しくも一塁テシェイラのグラブに収まり偉業達成はならなかった。しかし、投手の1試合6打点は2002年にフィリーズのロバート・パーソンがマークして以来5年ぶり、1試合11塁打は1942年にボストン・ブレーブスのジム・トービンが記録して以来65年ぶりの快挙となっているのだ。投球の方では3点を失っているが、それが全てソロ本塁打で、許した安打はこの3本だけという珍記録のおまけまでついて、まさにこの日はオーウィングス・ディだったのである。
owings-pitch.jpg

オーウィングスがこの日ハッスルした理由の一つが生まれ故郷のアトランタで初めて投げたこともあったようである。この日、ターナー・フィールドには約100人の友人がスタンドに集まり、その期待にオーウィングスも応えた、ということなのだ。ダイヤモンドバックスのメルビン監督は「彼にとっては最高の里帰りになったね。彼が投手としてすごい存在なのはよくわかってる。打撃でもイケることもわかってた。でも、ここまですごいとはねぇ」と語っているが、実際にオーウィングスを2回も代打で起用したことがある彼がこんな驚きの声を残しているあたりも驚きである。
オーウィングスは敬虔なクリスチャンで、90マイル後半のストレートをビシバシ投げ込む豪快な投球スタイルでありながら、試合後は「神様のおかげ」と奢ることなく淡々とコメントしている。また、この試合を見た彼の母親も「あの子が登板する度に神様へ祈りをささげています。今日はそれがかないました」と話し、スタンドを熱狂させた息子のパフォーマンスを静かに振り返っている点が印象的だった。
次回のオーウィングスの登板は8月24日の対カブス戦ということになるのだが、試合内容をチェックするなら是非彼の打撃に注目してもらいたいところである。

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あの時はこんなことで盛り上がったっけ、のジャイロボールである。

  • 2007/08/20(月) 14:31:14

そう言えば、この話はどこに行っちゃった?ってことで、やはり昔書いたコラムを再掲します。




松坂、契約が終わったと思ったら、今度は投げる球で一騒動である。

12月23日付のワシントン・ポストが、「びっくりするぞ!松坂のミステリーな球、ジャイロボールに隠れた謎」というタイトルの記事を配信している。ジャイロボールといえば、週刊少年サンデーで連載されている漫画「Major」の中で主人公の茂野五郎が投げる球、という認識(つまり、実在しない球?)なのだが、どうもアメリカでは、レッドソックスがポスティングシステムで松坂の独占交渉権を獲得したあたりから「彼はそういう名前の球を投げているらしい」という噂が流れるようになったというのだ。
で、笑えるのが、ジャイロボールがまだ定義されていない為、記事を書いた記者はこの点の取材を試みているのだが、結局「おそらく進行方向に対して真横に回転する球」というところまで行き着いたのが精一杯だった点である。イメージとしては、アメフトでQBが投げるパスの回転という感じのようで、その変化は「打者の手元で落ちるチェンジアップのようなもの?」とか「高速スライダー?」といったように、質問されたそれぞれの人の回答もバラバラなのだ。WBCアメリカ代表で監督を務めたバック・マルティネスは「スクリューのことじゃないのか?」とまぁ、他のメジャー関係者よりも松坂を知っているはずの彼でさえこんなことをコメントしている。千葉ロッテのヴァレンタイン監督は「そんなもんないよ」と一蹴しているが、何となく彼は少数派になっている感じなのだ。

で、松坂とジャイロボールの関係が取り沙汰されたのは、どうもそのWBCに原因があったようである。ご存知のように松坂はこのイベントでMVPを獲得しているわけだが、その理由の中で「彼がジャイロボールを投げたから」と言われるようになったようなのだ。その為、同紙ではWBCでの登板の様子から検証を行ったのだが、やっぱりそれが何なのかは、はっきりとわからなかったようである。

メジャーの投手はいくつもの変化球を投げるが、いわゆる新変化球と認められた最後のケースは、1970年代から80年代にかけてカージナルスなどで守護神として活躍したブルース・スーターが、1970年代後半に実戦へ投入したSFFで、それから30年もの長きに渡り、これに続くものがなかったとされている。その為ジャイロボールについては、そろそろそういうモノが出てもいい頃合いという感覚もあって、余計「何か得体の知れない変化をする球」というイメージができあがりやすかったようである。実際、松坂が「投げようと試みている。そんなに多くはないが、試合にも投げたことがある」と話した、というニュースも流れていて(すいません、これ本当か嘘かわかりませんです)、これがまた妙な信憑性を生む要因になっているのだ。まぁ言ってみれば、その昔メジャーチームが来日する際によく言われた「あっちの投手の球は目に見えないほど速く、変化球は捕手が捕れないほど曲がる。日本人が手に負えるシロモノじゃない!」みたいな感じに近いのかもしれない。・・・要するに、イメージ優先で実際をよくわかっていないから、という感じがひしひしとするのだ。

で、投手がQBのパスのような回転で野球のボールを投げた場合、一般的には「銃弾が飛ぶのと同じ理屈で、空気抵抗を受けにくくなる。だから初速と終速の差が小さくなり、打者にとっては手元で伸びるように見える」と言われている。・・・チェンジアップだスライダーだという野球関係者の話とは随分と趣きが違うのだが、まぁ、そういうことなのだそうである。
しかし、エール大学のロバート・K・アディア教授(ご存知「ベースボールの物理学」という名著を残している人ですね。ここで解説されたナックルボールの変化の原理には、目からウロコが何枚も落ちました)は、「そのような回転ならカットファストボールと同じで、スライダーよりスピードのある球になり、尚且つ沈むはずだ」としている。そしてボールの回転における大原則である「ストレートのようなバックスピンでなければ、球は沈む」という点をベースに「私が思うに、ジャイロボールは(あるとするなら)チェンジアップだ」と語っている。うーん、説得力ありますなぁ。

ただ、誰も論じていないようななのだが、アメフトのボールも銃弾も球体ではない。進行方向に向かって尖っている形状をしているのだ。だから真横の回転がかかるかわりに、他の回転、例えばストレートのようなバックスピンをかければ、球はヘナヘナと落ちるだけである(力が伝わらないしね)。野球のボールの場合、球体であるがゆえに、真横の回転をかけるなら、これはストレート以外のスライダーに近い握りで、ただ抜いて投げるだけという方法しかなさそうである。もしくは、フォークを投げたくても指が短くて球を挟めない投手がよく使う「親指と人差し指の間に球を挟む」を応用し、どちらかの指にだけ力を入れて投げる、であろうか。何にしてもこれでは、球速のあるボールを投げることは無理である。

松坂が具体的にどういうものなのかを説明すれば一発でこの話題も終止符となりそうだが、もちろんこうしたミステリーな部分は、選手にとって強力な武器(もしくはブラフをかけやすくなる)というわけで、開幕後も彼が明言することはないのかもしれない。そしてレッドソックスにも「ジャイロボールが今晩お目見えか!?松坂の先発する試合を見逃すな!」のような客を煽るキメセリフとして使うなど、商業的なメリットをもたらすことにもなりそうである。なのでこのジャイロボール騒動、松坂やその周囲に追い風となる可能性があるのは確かなのだ。

ただ、もしこんな球など本当はないのだとしたら、松坂には今のうちに日本語の「なーんちゃって!」に匹敵する英語を生み出しておくことを勧めたい。・・・おいらには思い浮かばないけど。

パイレーツを解雇された桑田について、契約時に書いたコラムを再掲する。

  • 2007/08/20(月) 10:54:56

2006年12月19日に書いた桑田についてのコラムを再掲する。
この頃予想していたことと実際は違ったものの、結果的にマイナーキャンプで解雇されていた方が、彼にとってよかったんじゃないかと思い返している。


【野球/MLB】桑田、パイレーツとのマイナー契約を表明。

うーん、微妙。この一言しか思い浮かばない、桑田の渡米である。

巨人との決別を自分から公言し、結局アメリカ球界に活路を見出す選択をした桑田真澄が、12月18日に記者会見を開き、ピッツバーグ・パイレーツとマイナー契約を結ぶ意向であることを明らかにしている(だが、日本時間の12月19日午前9時現在、パイレーツからトランザクションに関する正式なリリースがないので、まだサイン前だと思われるのだが・・・、今明かしてしまっていいのだろうか?)。

桑田は以前、自身の右肘の執刀医であるフランク・ジョーブ博士に近く、また気候もいいロサンゼルスを本拠地にするドジャースへの移籍を希望すると語っていたが、最終的にはレッドソックスとパイレーツを含めた3チームからの選択となったようで、桑田は「(レッドソックスから)一番いいオファーは頂いて(気持ちが)傾いたこともあった。お金だけで考えたらレッドソックスとサインしていた」と諮詢したことを打ち明けている。パイレーツに決めた理由は「お金だけでは決められないものがある」とのこと。それは、このチームの象徴とも言えるロベルト・クレメンテの存在だったそうである。桑田は「ロベルト・クレメンテという自分の中で大切にしていた選手がプレイしていた球団ということに惹かれました」と続けている。

クレメンテはメジャーファンなら誰でも知っている英雄である。プエルトリコ出身の彼はパイレーツと契約して1955年にメジャーデビューを飾り、メジャー18年間で通算打率.317、240本塁打、1305打点をマークする強打者だった。更に守備でも無類の強肩ぶりを発揮し、特に1971年のオリオールズとのワールドシリーズでは打率.414をマーク、第6戦、第7戦でホームランを放ってチームのワールドチャンピオン獲得に大きく貢献し、シリーズMVPを獲得している。
しかし、1972年12月31日、ニカラグア大地震の救済物資を現地に運ぶ為乗り込んだ飛行機が墜落し、クレメンテは帰らぬ人となったのである(一説には積み荷が重過ぎたことが原因とも言われている)。
そうした献身的なボランティア精神はその後多くのメジャーリーガーに影響を与え、メジャー気候もプレイ以外の場で福祉活動に貢献した選手に対して、毎年ロベルト・クレメンテ賞を贈ることを決めている。

桑田は「自分なりに、一生懸命ボランティアを毎年オフにはさせてもらってきた。そういう気持ちを芽生えさせてくれた人なんです。そこで自分がプレイできたら、何かが感じられるんじゃないか、という思いもありました」と語っているが、・・・まぁ意地の悪い言い方をすれば、パイレーツとくればクレメンテの名前を出せば誰もが納得する部分もあるわけで、それだけじゃないのでは?と勘ぐりたくなってしまうのだ。

まず、レッドソックスとパイレーツを比較すると、仮にメジャーで先発することを目標とするなら、断然パイレーツの方が桑田にとって可能性は高い。何故なら、レッドソックスは松坂の加入でほぼ先発枠5人が確定しており、今はブルペン、特にクローザーを探している段階だからである。
一方のパイレーツは全く混沌とした状況で(・・・これは毎年のことだとは言えるのだが)、誰がエースなのかさえはっきりわからない状況である。取りあえず二桁勝利を挙げたのはザック・デューク(10勝15敗)とイアン・スネイル(14勝11敗)で、後は8勝10敗のポール・マホームあたりが今季も確定か、という惨状なのだ。昨年はヤンキースの救世主となったショーン・チャコンが不調の為に今季途中にパイレーツにやってきたが、復調が果たせれば来季はエースになる可能性がある、程度の光しか射していない。
だが、デビルレイズなどと同様、この球団も資金面で苦しい状況が続いており、FA市場にうって出るだけの余裕がない。結局、若手を育てては年俸が上昇するタイミングで放出、を繰り返しながらここまで来ているという印象が強いのだ。
当然、選手の年齢が若く、その中にロベルト・ヘルナンデス(私と同い年!)という超大ベテランが混じって発展途上の若手を触発する役を果たしていたりもする。おそらくパイレーツの狙いは、桑田にヘルナデスのような存在になってもらうこと、そしてまだ一度も日本人選手と契約したことのないフレッシュさで、あわよくばジャパンマネーの恩恵を・・・、といったところではないだろうか。そういう意味では、桑田とパイレーツの思惑が合致した部分がいくつかあるように思われる。

だが、マイナー契約となると前途はかなり厳しい。あの野茂ですら、今季は故障者リストに入った段階で、ホワイトソックスの3A級から解雇されているのである。ベテランに求められるものは結果だけで、伸びしろを期待して解雇を我慢するということは絶対にない。ダメなら即「Fired!」なのである。
桑田が契約内容を明らかにしていないので憶測で語るしかないのだが、もしキャンプ招待選手だった場合には、オープン戦に入る前にクビが言い渡される可能性も十分にある。何故ならこれは「来るなら来れば?見るだけ見てあげるから」というスタンスの契約だからなのだ。・・・なので、記者会見とか空港での出陣式みたいなことやっちゃうと、・・・ね?えらい恥かしい思いをして帰国するなんて事態も招きかねないよ、という話なのである。

で、問題の桑田のパフォーマンスなのだが、・・・キビシイ。同じマイナースタートかつ「高齢」ということで、ドジャースの斎藤を例にし、彼が活躍できたのだから桑田もうまくいくのでは?という見方もされているが、ストレートのスピードが90マイルを遥かに下回る桑田の場合、変化球のキレとコントロールが頼りとなるわけで、これがクセモノなのだ。
長谷川がエンジェルスと契約し、メジャーで登板してすぐに悟ったことはスライダーでは勝負できないということだったそうである。メジャーの打者は投げられた球がストレートなら引っ張り、スライダーなら流す、という対応をしながらバットを振り出しているので、実戦で苦い思いを味わいながら「これではかわせない」という結論に至ったのだ。そこで彼はストレートのスピードアップに活路を見出し、最終的に90マイルを常時超えるだけのスキルを身に付け、セットアッパーとして名を馳せることになったのである。今の桑田にこうしたレベルアップを求めることは難しい。年齢による衰えに逆らいながらプラスに転じるだけの時間的な余裕がないとも言える。前途多難だとしか言いようがない。

従って、どうしてもイメージをダブらせてしまうのが、ブリュワーズ入りを目指して1985年に渡米した江夏のケースである。彼も西武からケンカするように離脱し、アメリカでの野球生活を夢見たが、オープン戦でセレクトされて挑戦を終えている。なので、ファンには大変申し訳ないのだが、桑田が迎えるであろう結果も江夏の時と同じだと感じられてないらないのだ。

ただ、38歳の投手に再び奮闘する機会が与えられたことは幸運だとも言える。そこに身を投じ、何かを得られれば彼にとって意味のある時間になるだろう。その心意気だけは買いたいと思うし、ファンはアメリカで桑田が得る経験が日本の野球に何かの形で反映されることのみを願うべきではないだろうか。少なくとも、選手としての桑田にはメジャーの力はない。仮にそれが果たされたとすれば、桑田のスキル以外の「何か」をパイレーツが求めた結果である。そしてそれは、桑田真澄という投手のヒストリーとMLBにとって、歓迎すべきものでは決してないのだ。

ブランドン・ウェブ、遂に連続イニング無失点を40の大台に乗せる。

  • 2007/08/19(日) 17:36:09

メジャーには、「もう破ることができない」という冠で語られる偉大な記録がある。例えば、その年の両リーグ投手MVPに送られるタイトルで名前を残しているサイ・ヤングの通算511勝、サイモン&ガーファンクルの歌にも登場するジョー・ディマジオの56試合連続安打がそれにあたる。だが、野球は常に変化し、進化を続けるスポーツでもある。ジョージ・シスラーが1920年に残したシーズン最多安打257本は、マリナーズのイチローによって書き換えられ、ハンク・アーロンの持つ通算755本塁打も、今季バリー・ボンズが更新している。そして今、19年前に達成された時でさえ「世紀の大記録」と言われた連続イニング無失点記録を塗り替えようとしている投手が出現している。彼の名はブランドン・ウェブ、現在ナ・リーグ西地区首位を走るダイヤモンドバックスのエースである。
webb.jpg

ウェブは、1979年5月9日生まれの28歳で、ケンタッキー大学の出身である。2000年のドラフトでダイヤモンドバックスから8巡目に指名を受けてプロ入りを果たし、2003年4月22日にメジャーデビューを飾っている。この年ローテを勝ち取るといきなり10勝9敗をマークしてアリゾナのファンにその名を売ったウェブは、2004年こそ7勝16敗と成績を落としたが、これは弱体化の進んだチーム事情がウェブの投球に応えられなかったという側面もあった(何せ、このシーズンのダイヤモンドバックスは54勝108敗という目も当てられない成績だったのだ)。しかしウェブは、2005年に14勝12敗と自己ベストの勝ち星を残して失地回復に成功し、更に昨年は16勝をマークしてブレーブスのジョン・スモルツらと共に6人でナ・リーグ最多勝を分け合い、更にはサイ・ヤング賞を受賞する充実したシーズンを送っている。その勢いを今季も失うことなく、ウェブはポストシーズン行きに意気上がるチームの象徴的存在として、ここまで13勝8敗、防御率2.63、161奪三振という素晴らしい数字を残しているのである。そしてその活躍の中で、なんと42イニング連続無失点を継続しているのだ。

ウェブは、打者が手も出ないような剛速球をビシビシ投げ込むタイプではない。キメ球であるツーシーマーの球速は90マイルを越えるかどうかというレベルなのだ。しかしウェブは、この球をコントロールよく低めに集めながら、落差のあるスライダーとチェンジアップで打者を翻弄している。そして、このコンビネーションが安定している今、ナリーグの各チームはウェブをどう打ち崩すかで頭を悩ませている、というわけなのだ。

ウェブが最後に失点を喫したのは7月20日の対カブス戦だった。この試合の6回に2点を奪われた上、試合そのものも3-6で落としてウェブは今季8個目の黒星をつけられたのだが、降板する直前の7回裏を0点で抑えたところから大記録への挑戦が始まっていたのだ。
ウェブは7月25日の対マーリンズ戦と7月31日の対パドレス戦をそれぞれ7回まで投げて無失点に抑え、ここで勝ち星を二桁に乗せたこともよかったのか、カレンダーがめくられた8月になると更にその投球内容はすさまじいものになっていく。8月5日の対ドジャース戦、8月11日の対ナショナルズ戦、そして8月17日の対ブレーブス戦で3試合連続完封勝利の離れ業を演じたのである。この快投によって、ウェブにはアメリカ中の野球ファンが視線を向けるようになったのだ。もしかしたら、あの大記録を破る男になるのでは?と。

ご存知の方も多いと思われるが、1988年に59イニング連続無失点の大記録を達成したのは、当時ドジャースに在籍していたオレル・ハーシュハイザーだった。彼はこの偉業から後々”ミスター・ゼロ”と呼ばれることになるのだが、当時流行していたSFFとスライダーを相手打者の外角低目へ丁寧にコントロールしながら投げるその姿は機械にも例えられるほど、正確無比なものだった。それ以前の記録保持者は1968年に58イニング連続無失点をマークした元ドジャースのドン・ドライスデ-ルだったのだが、ハーシュハイザーはそのちょうど20年後に偉大なる先輩を乗り越えている。そして今、つまりハーシュハイザーの手によって不滅の上に不滅となったこの記録に、19年経ってウェブが挑むという図式になっているのだ。
何と無く似たようなスパンで記録更新の可能性が巡ってくるあたりに因縁めいたものを感じさせられるのだが、ウェブがすごいのはハーシュハイザー以降、メジャーでは40イニング連続無失点のハードルを越えた投手が誰もいない中で、その数を42にしているという点である。これだけでも既に21世紀最初の投手と呼べるのだ。

ウェブはハーシュハイザーの記録について「あと2試合完封すれば新記録なの?問題なくできるんじゃない?楽しみにしておくよ」と目をくりくりさせながら茶目っ気たっぷりの表情でコメントしているが、軽いノリの本人に比較して、周囲の表情は「マジでやっちゃうんじゃないの・・・?」というものになっている。地区首位のメッツを追う中で、2安打に抑え込まれて痛い黒星を喫したブレーブスのボビー・コックス監督は「今のウェブは誰にも打てない。それほどすごい投球をしてるんだよ」と真剣な声で語っている。しかし、ブレーブスは現在チーム打率.278でナ・リーグトップを維持していることを思うと、それよりも打率が劣る他のチームが果たしてウェブから得点を挙げられるのか?という心境にもなってくる。難攻不落状態のウェブから貴重なヒットを放ったジェフ・フランコールでさえ「ウェブは、投げたい球を投げたい時に投げたいように投げてたよ。そして試合の最中、ずっと彼はオレ達よりも先を行ってた」とお手上げだったことを口にしているのである。
一方、この試合で2本のソロ本塁打をスタンドに打ち込んでウェブの勝利を後押したクリス・ヤングは「ウェブと対戦するより、遥かに同じチームの一員でいる方がいいよ。ヤツの球が変化している様を見たろ?今はさ、スピードを抑えて投げてるけど、それが以前よりも全然いいんだよね。だからさぁ、打者にとっては、どう打てばいいのか思いつかない投手って言えるんだよね」とウェブの好調ぶりを「解説」している。

ウェブは、ハーシュハイザーの記録が生まれた頃のことを「オレまだ9歳だったな。リトルリーガーになった最初の年。で、オレはライトのグラウンドの外れで座ってたよ。だって、オレってひどいプレイしかできなかったから」と振り返っている。今の投球を知っている者には俄かに信じられない話だが、ウェブは「マジでひどかったんだ。試合には”最低限”のレベルにしか出なかったよ。1、2イニングかもう少し、って感じで。で、取りあえず試合には”最低限”、・・・要するに1回だけ打席に入った。それで交代になって、後は試合終了までベンチにいたのさ」と続けている。19年という時間とは、そんな野球少年をここまで大きく成長させるパワーを持つものなのだ、と思うとのんべんだらりと生活をしてきた自分を反省したくなってしまうところである。

ウェブは、次回の登板について「得点状況がオレに影響を与えることはないな。1-0だとしても、がんばるだけだよ。そして間違いを数多く犯さない、ってことだね。そしてそれが2点になり、3点になり、4点になっていけば、・・・今日の試合のようにね、まぁ一息はつけるよね。それがまた、オレを打者に向かわせよう、やっつけてやるぜ!って気持ちにさせるのさ」と話している。次の試合で記録に届くわけではない為か、いささか緊張感のない言葉になってはいるものの、逆に周囲から記録を意識させられても平然と自然体で受け流している姿からは、ウェブが自分の好調さを実感できていることが窺える。何にしても、ウェブには期待に応えてくれる雰囲気が確実に漂っている。

マリアノ・リベラ、いよいよクローザーの座を降りるのか?

  • 2007/08/17(金) 16:20:56

ヤンキースファンが長い間忘れていられた問題、・・・それは各チームが毎年のようにオフの課題としてその解決に奔走する様を涼しい顔で眺めていられた幸福な日々と言い換えてもいい・・・、がいよいよ降りかかってくることを覚悟しなければならないようである。守護神マリアノ・リベラの終焉の日が現実のものとなりそうなのだ。

その兆候は8月13日の対オリールズ戦で既に現れていた。確かに、それまでセーブ機会での登板がなかなか訪れず、7月18日の対ブルージェイズ戦で今季16セーブ目をマークしてから8月5日の対ロイヤルズ戦でセーブを挙げるまで、4試合の調整登板のみで過ごしていたことも理由になっているのかもしれない。17セーブ目、18セーブ目を連日挙げ、迎えた8月10日の対インディアンス戦は5点をリードした場面でまた調整のマウンドへ、と気分が乗りそうになったところで水を差されたことも、リベラのメンタルに何も影響を与えなかったとは誰も言えないはずなのだ。しかし、それでもマリアノ・リベラという投手は、与えられた仕事を望まれた通りの結果で終えることが当り前の投手だった。・・・しかし、今はそれを過去形で書かなければならない状況なのである。

問題の試合は、先発したアンディ・ペティートが4-1と3点差で迎えた8回表になってインディアンス打線に捕まり、1死1・2塁のピンチを招いて降板、代わったルイス・ヴィスカイーノがケーシー・ブレイクをファールフライに打ち取ったところで、ヤンキースベンチはお得意の「8回2死からリベラ投入」を選択したというものだった。リベラは、ライアン・ガーコに死球で出塁を許し、満塁のピンチを迎えたが、ここは無失点に切り抜けている。
だが9回裏、リベラはジェイソン・マイケルズにライト前へ、更にはクリス・ゴメスにレフト前へと打球を運ばれ、フランクリン・グティエレスに左中間へタイムリー二塁打を浴びてしまうのである。続く2者を三振に仕留め、ケーシー・ブレイクをライトフライに打ち取って逃げ切りに成功したものの、1試合で3安打を許したのは6月28日の対オリオールズ戦以来で、自責点が記録されたのも7月5日から約1ヶ月ぶりのことだった。
翌8月13日の対オリオールズ戦は6-5と1点をリードした9回表からの登板となったが、先頭のメルヴィン・モーラにセンター前ヒット、ラモン・ヘルナンデスのキャッチャーゴロでモーラが2塁へ進み、ティケ・レドマンにはセンター前へと打球を運ばれてしまうのだ。二塁走者のモーラが本塁へ突入してアウトとなり、辛くも同点の場面を逃れたが、リベラは続くブライア・ロバーツにライト前タイムリーヒットを浴び、2試合連続での失点を喫してしまったのである。試合はその裏、1安打、1四球で迎えた1死1・3塁のチャンスでジーターの打球処理の間に三塁走者のジアンビが生還してヤンキースがサヨナラ勝利を収め、リベラには今季3勝目が転がりこんできたが、もちろんここはセーブをマークしなければならなかったわけである。
そして迎えた8月15日の対オリオールズ戦で、リベラはおそらく自分がどれほど昔にそこを通ったのか覚えていないであろう、屈辱的なシーンに直面することになる。この試合、ヤンキースは先発にフィル・ヒューズを送り、2番手にショー・ヘン、3番手にはエドワー・ラミレスという若手3人のリレーで臨み、8回まで0-3とリードを許したものの、非常にスクエアな戦いぶりを見せていた。しかも9回裏には、遅咲きの大砲シェリー・ダンカンが2死2・3塁の場面でレフトへ豪快な3号同点3ラン本塁打を放ち、願ってもない上げ潮ムードで延長に突入したのである。セーブがつかない場面ながら、ヤンキースは当然その裏のサヨナラ勝利を眼中にリベラをマウンドに送る。だがリベラは、先頭のニック・マーカキスに二塁打を許すと、続くミゲル・テハダにもレフトへの二塁打を浴びてあっさりと1点を献上、更に1死を奪った後打席へ入ったオーブリー・ハフにライトスタンドへ打球を運ばれてしまうのだ。この2ラン本塁打で意気消沈したヤンキースは、アレックス・ロドリゲスが三塁への内野安打で出塁し、二死2塁まで試合を進めたものの、松井がピッチャーゴロに倒れてゲームセットのコールを聞いている。
これで今季4敗目となったリベラには、3試合連続自責点という現実がもたらされたのだが、なんとこれがメジャーデビューだった1995年以来、実に12年ぶりのこととなったのである。

リベラは1969年11月29日生まれで現在38歳の右投手である。パナマ出身の彼は元々ショートを守っていたが、20歳だった1990年にプレイを見たヤンキースのスカウト、ハーブ・レイボーンがその才能を見出してドラフト外での契約を果たしている。この時リベラは、投手としての練習を一切経験していなかったが、90マイル近い球を投げていたことが、レイボーンの目に止まったのだ。
マイナー時代の1992年にトミー・ジョン手術を受けた為、プロテクト枠から外された結果、ちょうどこの年に行われたロッキーズとマーリンズの為の拡張ドラフトで指名される危険性があったが、両チーム共リベラの獲得には動かず、ヤンキースは球団史上に残る名リリーバーを失わずに済んでいる。
ストライキを挟んで迎えた1995年のシーズンで、リベラはメジャー昇格を果たし、ここで10試合の先発登板を経験することになる。彼はこの年5勝3敗という数字を残すのだが、3試合連続自責点という事態を迎えたのはこの時が最初で最後だったのである。この年、ヤンキースは1981年のワールドシリーズ出場以来となるポストシーズン行きをワイルドカード獲得で果たすが、エキスポスから移籍してきたジョン・ウェテランドが31セーブをマークしたことがその原動力の一つとなっていた。翌1996年もクローザーにはウェテランドが座ったが、ヤンキースベンチはその前を投げるセットアッパーにリベラを起用する作戦を選択する。そしてウェテランドが43セーブを挙げて1978年以来18年ぶりのワールドチャンピオン獲得に貢献したと共に、リベラの存在も大きくクローズアップされることになったのである。何故ならリベラは、61試合に登板して8勝3敗をマークしただけでなく、投球イニング107回2/3で実に130もの三振を奪い、防御率2.09、WHIPに至っては0.99という完璧とも言える投球を続けたからなのだ。
ウェテランドはこの年のオフにFAとなったが、ヤンキースは再契約に走らずリベラをクローザーに据えて1997年シーズンに臨む選択をし、これが吉となって現在に至るまで続く「守護神探しの苦労知らず」時代が始まるのである。
リベラは1996年にも5セーブを挙げていたが、この1997年にはいきなり43セーブをマークしてア・リーグ2位の数字を残し、以降1999年、2001年、2004年とセーブ王を3回も記録、更には1997年から2006年までの10年間で、実に8回もオールスターに選出されると共に、ここでも3セーブを挙げる活躍を見せるのだ。しかもポストシーズンでも実に73試合に登板して8勝1敗34セーブ、防御率0.80という驚異的な数字まで残している。ヤンキースは1995年から昨年までの12シーズンで4回のワールドチャンピオン獲得を果たし、全ての年でポストシーズン行きを果たしているのだが、リベラの記録がそうした「強いヤンキース」を背景にしたなされたものだと同時に、「ヤンキースを強くした」メジャー屈指のクローザーとして君臨したとも言えるわけである。2007年8月15日現在、リベラはレギュラーシーズンで768試合に登板し62勝44敗、432セーブという数字を残している。現役ではパドレスのトレーバー・ホフマンに続く通算セーブ数を誇り、リー・スミスが持つ歴代2位の通算478セーブを抜く可能性を十分残している。

しかし、そのリベラにもいよいよ年齢と勤続疲労という避けることのできない壁が立ちふさがり始めているようなのだ。

リベラのストレートは90マイル中盤レベルで、例えばかつてマーリンズやジャイアンツでクローザーを務めたロブ・ネンのように100マイルを越える球を投げるわけでない。リベラをヤンキース史上最高のクローザーと称される存在にしたものは、正確なコントロールとカットファストボールのキレがあったからである。リベラは、マウンド上で大きなアクションを見せたり、ベンチで大声を挙げて自分やチームメイトを鼓舞するようなパフォーマンスはしない。ただ淡々とキレのいい球を投げ込んでアウトを積み重ね、チームを勝利に導くだけである。その為、「ミスター・オートマチック」とまで呼ばれているのだが、その命綱とも言えるカットファーストボールの威力に衰えが見えているのだ。この球は、ストレートでありながら微妙に揺れるもので、打者は速い球だけでも正確に打ち返すのが難しい中、更に変化までするこの球をこれまで何度なく打ち損じてきている。しかしいくら魔球であったとしても、ストレートのスピードダウンや、コントロールの甘いところへ投げ込まれてくれば話は別で、打者はスウィングをアジャストして当ててくるのである。リベラの不調の原因は、こうしたものが背景にあるように思えてならない。そして、打ち崩される様を見て「もう怖がる必要はない」とリベラをナメ始めていることも容易に想像ができるわけである。

リベラは敗戦投手となった試合について「オレだって人間だということをわかって欲しい。ミスだってあるんだ」と語り、松井も「土壇場で追いついたから、ひっくり返したかったが、マリアノが打たれたのでは仕方がない」とコメントで援護射撃を敢行しているが、せっかく地区首位のレッドソックスがもたつき、この日も松坂が6失点を喫してゲームを壊していたことを思えば、ゲーム差を縮める絶好のチャンスを逃した意味は大きい。しかもそれが、勝利の方程式の重要な「頂」であるリベラの失速で起きてしまったことが、大問題なのである。何故なら、今仮にリベラをクローザーから外そうにも、その代りになる投手がブルペンにはいないからなのだ。もちろん、まだ8月なのでウェバーを介した裏取り引きトレードでの補充は可能だが、急場凌ぎのクローザー獲得の代償に、またマイナーの有望選手を差し出すことは今のヤンキースにとって絶対に避けなければならない事態である(既にヤンキースは、これまでのトレードでいい選手を多数放出してしまっているので、トレードに耐えられる駒が限られている上に、彼らが来季以降のヤンキースに欠かせない存在になることも明白だからである)。

リベラへの不安は、今季開幕当初からヤンキースに付きまとう大きな問題の一つになっていた。今季初セーブは4月28日の対レッドソックス戦だったが、それまでの8試合の登板で2回もセーブ機会に失敗していたことがその理由だったのだが、取りあえず5月に入ってからはリベラの投球も安定し、この悩みは一度棚に上げられる形にはなっていた。だが、地区優勝を賭けた戦いが激化していこうというこの時期に、再びこれが頭をもたげてくるとなれば、シーズンの行方を決定するファクターになり兼ねない事態である。そして悲しいことに、もしリベラがここから先にセーブ失敗を繰り返すことになれば、オフにヤンキースは他球団からクローザーを買わざるを得なくなるわけである。1990年代ヤンキースを支えた生え抜きメンバーであり、30球団統一の永久欠番である背番号42を背負うただ1人の存在という部分も含めて、まだまだ守護神として君臨してもらたい気持ちは強い。だが、しかし・・・、野球の神はどのような道をリベラに歩ませるつもりなのだろうか?

桑田、メジャー枠から外される

  • 2007/08/15(水) 23:26:34

登板回数:21イニング
被安打:25
失点:23
自責点:22
被本塁打:6
与四死球:15
奪三振:12
防御率:9.43

これが桑田の今季成績です。まぁ、ひどいもんですね。
で、特に問題にしたいのはWHIPなんですね。これって、1回を投げるごとに何人走者を許しているかを指し示す値です。1.00なら、毎回ヒットか四球等々で1人は走者を出す、ということを意味します。完全試合を達成すればその試合は0.00ということになるってわけですね。つまり、0に近ければ近いほど、相手打線を抑え込んでいるぞ、という見方になります。で、防御率が3.00の投手がWHIP1.50だと毎回1人か2人は走者を出しながら、何とか失点だけは食い止めてる、要するにあっぷあっぷの投球を続けていると見てとれるといったように、その投手の様子がものすごくはっきりわかるもので、おいらはこのWHIPを中心にメジャーの投手を見るようにしています。

前置きが長くなりましたが、桑田の場合はこのWHIPが1.90という数値になっています。そう、毎回ほぼ2人の走者を出して投げているってことなんすね。これははっきり言って致命的です。おいらが監督なら絶対に起用しないっす。危なっかしくて仕方ないっすから。だもんで、もうこのポイントだけで桑田はメジャーで通用していないってことが明白だと断言したいところなんです、はい。

桑田自身は、来季について一度日本に帰って考えたいとコメントしてました。単身赴任の辛さが課題になっているようなんすけど、取りあえずそういう先送りの姿勢はやめた方がいいと思いますねぇ。パイレーツが契約を更新すると申し出たとしても、それはパフォーマンスを期待してのものではなく、コーチ的な役割も兼ねてか、もしくは純粋に人寄せパンダとして考えていると割り切るべきだと言いたいっす。もちろん桑田だってそんなことはわかっていると思います。だから自分のプライドを秤にかけて欲しいんすよ。つまり、自分がプロのマウンドに立てる投手なのかどうかを客観的に見るべき時期が来ているんじゃないのかと、自問自答しろってことなんす。

おいらは、9月にメジャー枠が40人になるタイミングで自ら引退を表明するのがベストだと思います。それに合わせて投手を13人から12人に減らすプランもあるというパイレーツだけに、もし実施されればマイナー降格を言い渡すのは間違いなく桑田ってことになりますから。その前に、・・・つまりメジャーの桑田でいるうちに身を引くってのが、おいらはベストだと進言したいっす。

やっぱね、メジャーのレベルにない選手が諸処の事情も絡んでそこにいるっての、すっごくカッコ悪いと思うんすよ。ってか、ファンとして納得できないんす。桑田がベンチにいることで、マイナーにいる選手が一人メジャー登録されない現実がね。

決断の時っすよ。もう十分でしょ?

と書いたら、AP通信がこのような記事を配信しました。訳してみます。

Pirates cut Kuwata, longtime Japan star who lost his velocity

パイレーツが桑田の首を切る、長い間日本球界のスターだった男、失速す

PITTSBURGH (AP) -- Masumi Kuwata, the 39-year-old former Japanese star who finally reached his goal this season of pitching in the major leagues, was designated for assignment Tuesday by the Pittsburgh Pirates.
The Pirates have 10 days to trade him, release him or send him to the minors outright. He has been offered him a spot at Triple-A Indianapolis, but may choose to retire.
"I don't know yet, I haven't decided yet," Kuwata said. "I'm happy to have pitched in the major leagues. Also, I had a great experience in the States, in the major leagues, but I don't know about the future."

桑田真澄、日本球界で過去にスターだった39歳、がメジャーリーグのマウンド生活に終焉を迎えた。パイレーツは、メジャー枠を空ける選手として桑田を指名したのだ。
これでパイレーツは10日間のうちに他球団へのトレード、解雇、マイナー球団への桑田の権利譲渡、という手段をとることになるが、桑田について3A級インディアナポリスが空きがあるとオファーを出している。しかし、桑田自身は引退を選択するかもしれない。
桑田のコメント
「まだ何もわからない。何も決めてはいない」
「でも、メジャーで投球できて幸せだ。アメリカで、そしてメジャーでもこれ以上ない経験ができた。でも、これから先のことはわからない」

Kuwata, tied to the Yomiuri Giants for his entire career in Japan because of complicated contract issues, was finally allowed to pursue a job with a major league team when the Giants cut him last season. He won 173 games in his Japanese career but had pitched ineffectively since 2003.

その全ての選手生活を巨人で過ごした桑田は、昨年で契約が満了する際、巨人がそれを延長しないことから、結局メジャーリーグで現役を続けることを目指している。桑田は日本で173勝をマークしているが、2003年以降は全くチームに貢献できていない。

Kuwata, who won only nine games in his final four Japanese seasons, had lost much of the velocity off his fastball by the time he signed a minor league contract with the Pirates during the offseason.

日本での最後の4年で、桑田はたった9勝しか挙げられず、球速も多いに落としていたものの、パイレーツとマイナー契約をこのオフに結んでいる。

After being out nearly two months with a severe ankle injury caused when he collided with umpire Wally Bell during a spring training game, the right-handed Kuwata was called up in June and had a 2.53 ERA in his first nine Pirates appearances.

キャンプ中のゲームでウォーリー・ベル審判員と激突し、その結果足首を傷めて2ヶ月ほど戦列を離れたが、桑田は6月にメジャー昇格を果たし、ここでの9試合の登板で防御率2.53という成績を残している。

But with Kuwata unable to throw his fastball much higher than the mid-80 mph range, hitters began to adjust and he was scored upon in eight of his final 10 appearances.

しかし、桑田の球は時速80マイル中盤を越えることができないレベルのもので、相手打者達はタイミングをとり始めていった結果、ここまでの10試合で8失点を喫する事態を招いていた。

Kuwata gave up five runs in an inning Monday against the San Francisco Giants, raising his ERA to 9.43. That game marked the first time all season his wife and two children were together to see him pitch.

桑田は、月曜日の対ジャイアンツ戦で1イニングに5点を失い、防御率を9.43にまで悪化させている。この試合は、桑田の奥さんと2人の子供が観戦した今季初めてのものとなっていた。

"I was terrible pitching, but they got to see me pitch in PNC Park and they were very happy," he said.

「僕の投球はひどいものだった。でも、家族はPNCパークで僕の投球を見てくれた。そして幸せに感じてくれた」と桑田は話している。

Kuwata was the oldest rookie pitcher in the majors since 40-year-old reliever Diomedes Olivo with the Pirates in 1960. Kuwata also was the first former Japanese player to sign with Pittsburgh.

桑田はパイレーツにとって、1960年にディオメデス・オリボが40歳で昇格して以降、もっとも年齢の高いルーキーのメジャー契約選手となっている。そして、チームにとって初めての日本人プレイヤーともなっている。

●こういう形になってから引退を表明、はあまりにもカッコ悪いと思うっす。結局、チームに迷惑をかけたって印象しか残らないっすからね。
申し訳ないんですけど、マイナーキャンプの段階から絶対にメジャーのレベルにはないと思っていました。メジャーに昇格したのは、色々な背景があっての予定調和ってイメージが強くて、それにも異論がありました。だから、もう文句を言わなくて済むということでほっとしています。これは偽らざる本心っす。桑田の評価は江夏以上柏田未満です。そして、晩節を汚したんじゃないのか?という疑問を投げておきたいと思います。

それでも2ヶ月ちょっとのメジャー生活で、55歳になると年金がもらえるわけですよね。これだけでも十分元はとれたんじゃないでしょうか。

でも、こうなったらインディアナポリス行きを志願してシーズン終了までユニフォームを着ているべきですよね。自分が拘った現役生活なんですから、きちんとその思いを完結させないといかんでしょう?


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