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クレイグ・ビジオ、フランク・トーマス、それぞれがそれぞれにマイルストーン到達

  • 2007/06/30(土) 19:26:20

何となく、時代のページがまた一つめくられたという感じである。
アストロズのクレイグ・ビジオ外野手と、ブルージェイズのフランク・トーマス指名打者が、6月28日の試合で共にマイルストーンへ到達している。

まず、1987年のドラフトで1巡目(全体では22番目)に指名を受けて契約以来、アストロズ一筋で過ごしてきたビジオが、史上27人目の通算3000本安打を達成している。今季で22年目のメジャー生活となっているビジオは、2997本の安打を積み上げてこの日の対ロッキーズ戦に臨んだ。4万2537人のファンが駆けつけた本拠地ミニッツメイド・パークでは、スタンドのあちこちで「3000」と書かれたバナーが掲げられ、誰もがその瞬間が訪れるのを待っていた。そしてビジオは、その期待に応えたのだ。
初回裏、先頭打者として打席に立ったビジオはサードゴロに倒れたが、3回1死1塁の場面でまずセンター前にヒット、5回1死走者なしでの第3打席はサードへの内野安打で出塁、と一気にリーチをかけて7回2死2塁で迎えた第4打席に立っている。
ビジオはこの回から2番手のマウンドに立ったロッキーズのホーキンスが投げた内角へのチェンジアップにバットを合わせ、打球をセンター右へと運ぶ。記念の一打でオースマスをホームへ迎え入れたアストロズは1-1の同点に追いついたが、一塁を蹴ったビジオは二塁を狙ってタッチアウト、しかしこれがよかった。イニングが終了したこともあり、かつてビジオ、バークスと共にキーラーB’sと呼ばれた1990年代アストロズを支えたジェフ・バグウェルがグラウンドへ飛び出してビジオを祝福、昨年限りで引退した元主砲の登場にスタンドが更にヒートアップする中、ボールボーイを努めていた息子のコナーとケイバン、そして奥さんのパティやナインが背番号7に向かって走り寄っていく。感動の輪は膨らみ、もう試合が終わってしまったかのような雰囲気が漂ったが、しかし野球の神様は粋なドラマをこの後アストロズに演出するのである。
8回表にロッキーズがホウプの2ラン本塁打とランネッタのタイムリーで3点を挙げると、その裏アストロズもバークマンがソロ、ラムが2ランと2本の本塁打で同点に追いつき、延長戦へと突入する。迎えた11回表、トゥロウツキーが左中間スタンドにソロ本塁打を叩き込み、ロッキーズが3回目のリードを奪うが、その裏アストロズは2死からビジオがこの日5本目の安打で出塁すると、ペンスが二塁打、バークマンが死球で満塁のチャンスを得る。そして若き大砲カルロス・リーが、ロッキーズの守護神フェンテスから劇的な逆転サヨナラ本塁打をレフトへ放ったのである。
biggio.jpg

ビジオは「20年もやっていると色々なことが起きるけど、今夜は最高だ!」と試合後に興奮した面持ちでまず第一声を放っている。しかし、この夜誰もが期待したのは、この言葉ではなかった。3000本安打を達成した気持ちを口にして欲しかったのだ。ビジオは「野球選手として、こんな風に応援してもらって・・・。ファンを、この街を愛している。一生懸命練習して、声援をいっぱいもらったんだ」と目に涙を浮かべて語っている。そして「本当にほっとしている。この年であと70本という数字は、あまりに大きい数字だったからね」と開幕からここまでを振り返っている。
ビジオの初安打は1988年6月29日の対ドジャース戦で、相手はあのオレル・ハーシュハイザーだった。しかも、この当時は捕手としてプレイしていたのである。1992年から二塁手としてて定着することになるが、ビジオがすごいのはオースルターに捕手と二塁手で出場したことで、これは史上初めてのケースとなっている。2002年から外野手としてプレイし、2005年からまたセカンドへ戻るという特異とも言える起用をされているが、それでもここまでプレイを続けている点は賞賛に値するものだと言える。しかも、メジャー通算283死球は1900年以降最多記録となっている。通算打率.282、286本塁打、1152打点はどちらかと言えば平凡な数字だが、3000本安打到達でまず野球殿堂入りは確実となっただけでなく、アストロズの球史を飾る名フランチャイズプレイヤーとして、このジム・キャリーに似た男の名前が今後ヒューストンの街から消えることはないものと思われる。

一方、史上21人目の通算500号本塁打を放ったフランク・トーマスは、喜びと怒りを同時に味わう稀有な試合となっている。この日は敵地ミネソタでの対ツインズ戦だったが、トーマスは初回1死1・2塁の場面で最初の打席を迎えて、カウント2-1からツインズ先発のシルバが投げた外角のスライダーを強引に引っ張り、打球を左中間スタンドへと運んだのである。
thomas.jpg

トーマスが無理にでも本塁打を狙ったのには理由があった。それは、試合を見に来ていた家族が試合の中盤で帰る予定になっていたからだったのである。トーマスは「娘からさ、パパ、最初の2回までで決めてね!って言われてたのさ」と豪快に笑いながらコメントを残している。しかし、試合はこの記念の一発では決まらなかった。両軍が点を奪い合う展開となり、6回を終わった段階でツインズが8-5と3点をリードする形になっていくのである。
こう着状態となった中で迎えた9回表、ツインズは守護神ネーサンをマウンドに送り、先頭打者としてトーマスが打席に入る。事件はここで起きる。2ストライクから見送った球をストライクとコールされ、トーマスがこれに抗議すると、なんと球審は退場を宣告したのである。試合はそのままツインズが勝利し、ブルージェイズは主砲の500号を空砲にしてしまったが、トーマスは試合後「オレの感覚じゃ、まだ試合は終わっちゃいなかったのさ。だからあそこでバトルに持ち込んだんだよ」とやっぱり笑いながら話している。
トーマスもビジオ同様1990年代のホワイトソックスを支え、1991年から7年連続で打率3割、20本塁打、100打点をキープしたその打撃から、”Big Hurt”の愛称で親しまれる選手となっている。1989年のドラフトで1巡目(全体では7番目)に指名を受けてプロ入りし、初本塁打は1990年8月28日に放っている。以降18シーズン目の大台到達ということになったが、2000年代を迎えてからのトーマスは辛酸を舐めてここまでやってきている。特に2004年に左足首を故障した後はなかなかこれが完治せず、夢にまでみたワールドシリーズとワールドチャンピオン獲得を2005年に果たしてはいるが、故障で欠場続きだったためにチームへ貢献したとはとても言えるような状態ではなく、2005年11月8日FAとなって、シカゴを離れ、アスレチックスの本拠地オークランドで野球生活を続けることになったのだ。しかしこの時38歳だったとは言え、故障さえ治れば怖いものはない、とばかりに打棒を振るったトーマスは打率.270、39本塁打、114打点と完全復活を果たすのである。そしてこのオフ再びFAとなってトロントへとやってきたのだ。
若手がどんどん育っているブルージェイズの中で、オジサンも発奮しているというのがトーマスの状況だが、破壊力満点の打撃だけでなく、彼のユーモラスなキャラクターが1980年代生まれの選手達に与えるものは決して少なくないはずである。何故ならトーマスは「また身体は万全になってる。600本、いいんじゃない?」とまぁ、思わず口元を緩ませるコメントを残して球場を去っているからなのだ。このあたりの「味」を是非吸収してもらいたいわけである。

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無念!40代投手7人先発の記録達成ならず!!

  • 2007/06/28(木) 13:17:05

いやぁ惜しかった。2007年6月27日はメジャー新記録が期待されていたのだが、デトロイトで予定されていたタイガース対レンジャース戦が中止になった為、タイ記録となってしまったのである。何の記録が達成されそうだったのかと言えば、40代の投手が7人先発する可能性があったのだ。
実はこの「オジサンが一同に会する日」、6人が顔を揃えたのは今年の6月22日のことで、中4日を置いた今回も故障さえなければ同じ記録がまた達成されるだけの話だった。ところが、ヤンキースのロジャー・クレメンスが6月24日に自身23年ぶりとなるリリーフのマウンドに立った為、ヤンキースの先発ローテがこれに合わせて変更された結果、クレメンスが27日に加わって7人が投げることになった「はず」だったのだ。惜しむらくはデトロイトの雨、ここに1964年11月10日生まれのケニー・ロジャースが先発で投げられていれば、ということだったわけなのである。

40代6人集は、6月22日が以下の陣容だった。

①ジェイミー・モイヤー(フィリーズ/1962年11月18日生まれ)
②ケニー・ロジャース(タイガース/1964年11月10日生まれ)
③トム・グラヴィン(メッツ/1966年3月25日生まれ)
④グレッグ・マダックス(パドレス/1966年4月14日生まれ)
⑤ジョン・スモルツ(ブレーブス/1967年5月15日生まれ)
⑥ウッディ・ウィリアムス(アストロズ/1967年8月19日生まれ)

この中で勝利投手になったのはモイヤー、グラヴィン、ロジャースで、スモルツとロジャースはインターリーグだった為に40代直接対決も果たしている。マダックスはレッドソックスの松坂に投げ負ける形で敗戦投手、ウィリアムスいも黒星がついている。
で、6月27日はロジャースに代わって1962年8月4日生まれのクレメンスが入った形になったのだ。
ここで特筆したいのは、44歳が2人もいるという事実である。ってかまだ自分より年上の選手が現役だということにそこはかとない喜びを感じたりもしたのだが、この状況をジャイアンツのマット・ケーンは「もうメジャーがお子様のゲームじゃなくなっている、ってことだろうね」と総括している。パドレスのマダックスと対決した彼は1984年生まれで、驚くなかれこの年にクレメンスはレッドソックスでメジャーデビューを飾っているのである。

確かに、現在のメジャーは先発のタレントが不足している状況ではある。本来なら先発投手を育て、年俸が高くなる前に他球団へ「売る」役割を果たすはずのロイヤルズやパイレーツといった下位チームが、このところ有望な新人の商品化をうまく果たせないことや、故障が可能性を潰すケースも多発している為、結局壊れずそこそこ結果を残してくれるベテランに頼る傾向は強くなっているわけだが、それでも現状はちょっと行き過ぎのような気がしないでもない。実際、グラヴィンは「10年前ならヒットを打つと喜んで走ってたさ。でも、今はそんな元気なんてないよ」と衰えを認めている。しかし反す刀で「投手としてなら、まだ何だってできるぜ」と片目をつぶる余裕を見せているのだ。27日の対カージナルス戦に勝って通算300勝へあと3に迫った彼は、変化球のキレとコントロールのよさを武器にまだまだマウンドへ立つ気満々なのである。
しかも、メジャーの現役には他にも40代の投手がいる。例えばダイヤモンド・バックスの”巨大な物体”ことランディ・ジョンソンが故障からの復帰間近だし、パドレスの”永遠の悪童”デヴィッド・ウェルズも健在だ。更には一応公称41歳ながら、実際はもっと年がイっているとキューバから亡命してヤンキースと契約した時から言われている”男爵”オーランド・ヘルナンデスも、グラヴィンと共にメッツ投手陣を支えている。下手したら、同じ日に8人だ、9人だのオジサン投手がマウンドに立つぞ?という事態が巡ってくる話も、あながち冗談とは言えないのである。

で、次のチャンスは中4日後の7月2日月曜日となるのだが、・・・悲しいことにタイガースの試合がここでは予定されていない。一応、フィリーズ対アストロズ戦がモイヤー対ウィリアムスの40代対決の場になりそうなのだが・・・、残念ですなぁ。

748号本塁打をボストンで放ったボンズに、復帰井川がこの週末挑む?

  • 2007/06/19(火) 10:48:39

さて、バリー・ボンズである。ハンク・アーロンの持つ通算755本塁打の記録越えにいよいよ秒読みの声が高まっている、・・・はずなのだが、ステロイド使用疑惑で限りなく黒に近い灰色の状態に置かれているが為、今一つ盛り上がりに欠けたまま今を迎えているという状況なのだ。
そんなボンズが、1986年のメジャーデビュー以来初めてボストンのフェンウェイパークにやってくる、しかもジャイアンツにとってもこの球場での試合は実に92年ぶりということで、今年のインターリーグでは最も話題に富んだシリーズとなったレッドソックスとの3連戦も、6月17日で幕を閉じたわけである。
ボンズ自身は、42歳での初体験ということで、3日間をこんな感じで楽しんだようなのだが
bonds1.jpg

いいことばかりじゃないのがこの世の常、というわけで過激なことで知られるボストンのファンが、温い雰囲気は許さんとばかりにボンズをスタンドから迎撃したのである。
まぁここのファンは、メジャーで何か事件が起きれば、それを批判するバナーやら何やらがスタンドから翳し、それもまた風物詩となっているのだが、今回彼らはボンズという絶好の標的を得て、そのキビシイ視線を更に激辛にしたぞ、というわけなのだ。そして、打席に向うボンズをこんなバナーでお出迎えしたわけである。


「756*」の*は、756本塁打は参考記録とか注釈付きだ、という意味で、ステロイドで打った本塁打など認めないというメッセージになっている。
そして
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Juiceは薬付けということで、これは「たっぷりと薬にまみれてるな!」というキツ~い一発である。

で、そんな逆風の中で、ボンズは3試合とも打席に立っている。初戦はライトへの大きな当たりを放ったがファールの判定に泣き、結局は岡島からライト前にヒットを打っただけの3打数、1安打に終わり、2試合目は松坂と岡島の日本人コンビの前に3打数ヒットなし(ただし、松坂は敬遠あり)と、精彩を欠いたまま第3戦を迎えている。

レッドソックスは6月17日の先発にナックラーのティム・ウェイクフィールドを送ったが、メジャー22年目のボンズと19年目のウェイクフィールドの2人は、これが初めての対戦となっている。しかも2人はパイレーツ時代にチームメイトだったという関係で、久しぶりの再会をボストンで果たすというおまけまでついている。注目の第一打席はライト前ヒット、続く打席はセンターフライと1勝1敗で迎えた6回表の第3打席に、ボンズのバットが火を噴いたのだ。
この時点でレッドソックスは8-3と5点をリードしていたこともあり、ウェイクフィールドは逃げることもなくボンズに対して勝負球のナックルボールを投げ込む。初球ボールの後の2球目、109キロの揺れる球をボンズがバットに乗せると、打球は右中間スタンドに消えて行く。フェンスをギリギリで越えるボンズらしくない当たりではあったものの、これで通算本塁打を748本としたボンズは、いつものようにゆっくりとグラウンドを1周する。批判の声を挙げていたボストンのファンも、(多分勝っていたこともあって?)ボンズに拍手を送っている。これについてボンズは試合後「ここにもサンフランシスコのファンがいたんだな」と笑顔で話している。
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これでボンズが本塁打を放った球場は通算36となり、一発を浴びたウェイクフィールドは「ボンズ被弾リスト」の441番目に名前を連ねることになっている。ウェイクフィールドについて質問されたボンズは「あいつはピッツバーグでも皆から愛されていた。お互いに40歳を越えてても戦えるなんて、大したもんじゃないか。勝負してくれたことに感謝したいね」と話せば、ウェイクフィールドは「打った瞬間は普通の外野フライだと思ったんだけどな。打球が伸びていったよ。さすがだと思ったね」と健闘を称え合うコメントを出している。

大記録まで残り8本に迫ったボンズ達一行は、6月18日からミルウォーキーでナ・リーグ中地区首位を走るブリュワーズとの3連戦を消化した後、本拠地のAT&Tパークに戻ってヤンキースとの対戦を行うことになっているのだが、その初戦となる6月22日に、井川がメジャー再昇格を果たすことが6月17日に発表されている。これで、ボストンに続いてサンフランシスコでもボンズと日本人投手の対決が実現するかもしれなくなった、というわけなのだ。
クレメンスの参戦で悲劇だった先発不足が解消されつつあるヤンキースは、6月に入って9連勝をマークしてようやく貯金生活を手に入れている。そこへ井川を上げるのは、8.5ゲーム差をつけられているレッドソックスを追い上げる展開になる後半戦に向けて、少しでも戦力を整えておきたいからだと見られている。
この決定により、井川は6月19日に予定されていた3Aでの登板がキャンセルされ、ロッキーズとの3連戦の為にコロラドへ遠征するチームと合流し、ここでロン・ギドリー投手コーチのチェックを受けた後、6月22日の対ジャイアンツ戦から正式にベンチへ入る段取りとなっている。トーレ監督は取材陣に対し「(井川の復帰は)金曜だ。君たちが思っている通りになる」と話した後、「(3Aで投げた)前回の試合では、チェンジアップのコントロールに苦しんでいた点が改善されたのではないだろうか」と調子が上向きになっていることを強調するコメントを出している。
井川がどのような形で起用されるのかは今のところ定かではないが、ローテ通りで行けばこの3連戦は王、ムシーナ、ペティートの3人が先発のマウンドに立つことになり、井川が登場するならリリーフで、という形が濃厚となるが、左対左は投手有利の定説を背景に、井川がボンズと対戦する可能性は低くないぞ、という感じなのである。
もちろん井川にとっては、このチャンスが巡ってくるなら是が非でもボンズを打ち取り、復調をアピールしたいところだが、悲しいデータが一つだけ残っている。それは2002年の日米野球の際、井川はボンズに3打数、2安打、1打点と打ち込まれ、ソロ本塁打まで見舞われているのである。そのリベンジを果たせるかに注目したいところなのだが、・・・なぁ。

カブスのデレク・リーとパドレスのクリス・ヤングが死球を巡り殴り合う

  • 2007/06/18(月) 10:12:16

ケンカと花火は江戸の華、いやいやそれはメジャーでも、という話である。

インターリーグ期間中ながら、14チームのア・リーグに対して2チーム多いナ・リーグでは、必ず1試合同リーグ同士の対戦が組まれることになる。本来は地味な存在であるはずのこのカードで、大きな花火、・・・じゃなかった派手な乱闘が繰り広げられたのだ。
この一戦には伏線が引かれていた。それは6月15日にリグレー・フィールドで行われた対パドレス戦で、カブスのアルフォンソ・ソリアーノが本塁打を放った際、手応え十分だった為なのか、自分の放った打球の行方を惚れ惚れしながら眺めている、というような仕種を見せた。これにパドレスの大ワル親父デヴィッド・ウェルズとエースのジェイク・ピーヴィが「投手を愚弄する行為だ」と非難するコメントを出していたのだ。
明けて翌日の16日、同じカードが同じ場所で行われたのだが、3回までは特に何事もなく試合は信仰していく。ところが4回裏、この回の先頭打者として打席に入ったカブスのデレク・リーに対して、パドレス先発のクリス・ヤングが左肩へボールをぶつけたのだ。この後、リーがヤングにメンタンを切って両者が三塁線方向に歩み寄る。そして言い合いが始まると、リーがいきなりヤングの顔面に向けて右ストレートを放ったのだ。
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これをボクシングばりの見事なスウェイでかわしたヤングは、カウンターで右ストレートをリーに繰り出し、これを合図に両軍の選手が一斉にベンチから飛び出して乱闘が開始されたのである。
結局、リーとヤングの当事者2人、そしてピーヴィとカブスのペリー打撃コーチが退場処分になったのだが、名門プリンストン大学出身のインテリで、温厚な性格で知られるヤングと、昨年10月に3歳になる愛娘が突然片目を失明してしまう奇病(LCAという)であることを告白し、涙ながらにその病気への理解を訴えて全米によき父親だというイメージが浸透していたリーが、殴り合いを演じたというあたりに、両者が抱いていた怒りの強さが見るものにも伝わってきたわけである。
試合後リーは「頭を狙われるのは好きじゃないな。その上、アイツはオレの気に入らない言葉を言ったんだ」と話せば、ヤングは「オレはあの時”頭なんて狙ってない”と言ったんだ。狙う理由なんてなかったんだから」と語り、故意だったのかどうかの真相は不明のまま、2人はメジャー機構からのお咎めを待つ身になっている。

さて、カブスで武闘派と言えば、何と言ってもカルロス・ザンブラーノである。この男、6月1日にリグレー・フィールドで行われた対ブレーブス戦に先発した際、あろうことか女房役のマイケル・バレット捕手を試合中に殴ってしまったのだ。
その発端は5回表の守備の時に起きている。この回2点を失ったカブスは、1-4と3点のリードを許す苦しい展開になったのだが、続く2死1・2塁の場面でバレットがザンブラーノの投球をエラーした上、走者が三塁へ向かったのを見て投げた球も悪く、結局1人相撲で更に1点を献上してしまったのだ。3アウトをとってベンチに戻ってきたザンブラーノは、やらなくてもいい得点を与えたバレットをいきなり怒鳴りつけ、これにバレットが反論すると、なんとザンブラーノはバレットの顔面に1-2パンチを見舞ったのである。それを見たチームメイトが2人の間に割って入ったが、殴られだだけで終わるのは納得できないと、バレットもザンブラーノを追いかけて殴り始め、両者は試合中にも関わらず完全に戦闘態勢へと突入し、もはや収拾のつかない事態を引き起こしてしまったのだ。もちろん、ザンブラーノにはこの回での降板が告げられ、バレットは殴られた箇所を治療する為に試合が終わると病院へ向かっている。
しかも、そんな過激な男が奇しくもこの試合の先発マウンドに立っていたのだ。当然、乱闘の場面でも大立ち回りを演じたのかと思いきや、なんとザンブラーノは乱闘を止める側に回っていたのである。しかも、もみ合いになった中で自分のベルトを誰かに引き千切られるという「火が点いて当然」の事態を迎えながら、キレることなく混乱する状況を沈静化する為に動いていたのだから、驚くばかり。しかもザンブラーノは8回まで無失点で切り抜けながら、9回表にブランヤンにソロ本塁打を浴び、この1点に泣いて完投報われず今季6敗目を喫したのだが、試合後口から放ったのは「怪我をした者が誰もいなかった。神様、ありがとう」という聖人君主のようなコメントだった。人間、変われば変わるものである(苦笑)。

6月15日の地下鉄対決を振り返る

  • 2007/06/17(日) 09:58:30

6月15日のヤンキース対メッツ戦は、インターリーグ屈伸の人気カードというだけでなく、話題満載の試合になったので、それをまとめてご紹介しようと思う。

●クレメンス、クレメンス、クレメンス
このカードのクレメンスと言えば、今季はアスレチックスへ移籍しているマイク・ピアザとの確執(死球に端を発し、折れたバットを投げつけるなど名(迷?)場面多数だった)が有名だが、もうそれも過去のものとなり、今回は彼に纏わる記録に注目が集まっていた。
まず王手をかけている通算350勝到達なのだが、6回1/3を投げて2失点と好投しながら、メッツ先発ペレスの力投に味方打線が沈黙し、結局0-2とヤンキースらしからぬ零封負けを喫してしまって、クレメンスには今季初黒星がついている。だが、実は不運もあって、4回に四球で松井が四球で歩いて迎えた1死1・2塁のチャンスに、カイロがレフトポール際へ大飛球を打ち上げている。これをヒットor本塁打と見たのであろう松井だったのだが、レフトを守っていたゴメスがこれを捕球、帰塁できなかった松井もアウトとなって無得点に終わってしまったのだ。これが尾を引いた形での敗戦だったのである。
しかしクレメンスは「もっと自分の調子を上げなければダメだ」と敗戦の理由は己にあると切り出し、続けて「(カイロの打球を見て)フェンスから身を乗り出してでもあの球を捕ろうっていうファンが、何故あそこにはいなかったんだ。ヤンキースにはまた若いファンが必要だ」と、1996年のプレイオフでオリオールズと戦った際、ジーターが放ったフェンス際の飛球にグローブを差し出して捕ってしまった少年を引き合いに出して、ファンにも貢献を要求するクレメンス節を聞かせている。
そのクレメンス、この8月で45歳になることが再三話題になっているのだが、メッツにも元ロッテで自称48歳(実際はもっと上なんじゃないかと言われている)のフランコがいて、奇しくもこの日は両者合わせて93歳246日という長老対決が実現している。結果の方はライトフライ、三振、セカンドゴロとクレメンスに軍配が挙がっている。メジャーでこのケースの最高齢と言われているのは1933年10月1日のセネタース対アスレチックス戦で、57才だったニック・アルトルックと37歳のルーベ・ウォルバーグが対戦した際の94歳60日なのだが、もしクレメンスとフランコが今期終盤にもう一度対戦すると、この記録を更新する可能性がある。高齢化が進むメジャーと言えど、2人が揃わなければならない条件を考えると、なかなか塗り替える機会は訪れないわけで、クレメンスとフランコにはがんばってもらいたいところである。でも「私も、バットを持って打席に立ちたくなったよ」と語ったヤンキースのトーレ監督は、ちょっとノリ過ぎかも(苦笑)。66歳だし。引退して今年が30年目だし。
で、クレメンス個人の記録と言えば、ランディ・ジョンソンと抜きつ抜かれつ状態になっている通算奪三振記録の方もある。この日のクレメンスは8つ加えて通算4619奪三振とし、ジョンソンを抜き返して歴代単独2位に浮上している。で、4614奪三振のジョンソンは故障者リスト入りしたことから、しばらくの間クレメンスの地位は安泰ということになる。

●レイエス旋風吹き荒れる
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そのクレメンスに「足にモーターでもついているんじゃないか?」と驚嘆の声を挙げさせたのが、メッツの切り込み隊長ホセ・レイエス。この日も絶好調で、3回にセンター前にこの日1本目のヒットを放つと、すかさず二塁、三塁と盗塁を決め、5回には結局勝利を決める一打になったソロ本塁打をライトスタンドへ。更に7回にも盗塁で3打数、3安打、2打点、3盗塁の大暴れを見せている。これで今季通算35盗塁とし、タイトル獲得へこちらでも俊足ぶりを見せているレイエスは「スピードがあると、相手にプレッシャーをかける」と試合後してやったりの表情を見せていたが、トーレ監督は「モーリー・ウィリスやルー・ブロックを思い起こさせる選手だな」とオールドファンにもわかりやすい比喩でレイエスの韋駄天ぶりを賞賛している。
レイエスと言えば、西武からFAでやってきた松井(稼)をセカンドへ追いやった(それが引き金になり、巡り巡って彼はニューヨークからも追いやられることになったわけですね)逸材だが、当初は1990年代にメッツのショートと守っていたレイ・オルドネスのように、守備は素晴らしいが打撃はからっきし、と見られていたわけである。ところが、レギュラー定着を果たした2005年には打撃でも打率.273と勝負強いとことを見せただけでなく、60盗塁でいきなりタイトルを獲得して俄然注目を集めるようになっている。昨年も打率.300、19本塁打、81打点でトップバッターとして申し分ない数字を残しただけでなく64盗塁で2年連続の盗塁王を獲得、今やナ・リーグを代表する遊撃手の名を欲しいままにしている存在なのだ。
今季も打率.318、3本塁打、30打点に35盗塁をマーク、このまま行けば4部門全てでキャリアハイを塗り替えることになりそうなのである。是非覚えておいて頂きたい選手だ。

68歳のブルース・フローミング審判員、遂に今季限りでの引退を発表する。

  • 2007/06/16(土) 20:06:46

激しいゼスチャーで人気を集めていたブルース・フローミング審判員が6月14日、今季限りでの現役引退を表明している。フローミングは7月10日にジャイアンツの本拠地AT&Tパークで開催されるオールスターで責任審判に指名されており、この場が彼の花道にになる。
68歳のフローミングは、メジャー最長記録である実働37年間のキャリアを誇り、この日もボストンで行われたレッドソックス対ロッキーズ戦に出場しているが、マイナー時代を含めると実に50年目の審判員生活となっているだけに、引退にはさぞかし淋しい気持ちなのではないかと思われるが、発表の席でフローミングは「長くやってきた。だけど、いつかは終わりがくる。そして私は、自分の仕事を愛してここまできた」と既に割り切れている様子を窺わせている。

フローミングは、ワールドシリーズのジャッジを過去に5回、オールスターも今年が3回目ということになるのだが、期間ではなく裁いた試合数で見ると、記録は1905年から1940年まで審判員を勤めたビル・クレムの持つ通算5368試合が最多となっている。フローミングは14日の試合で5079試合目で、今季終幕までグラウンドに立っても届かない計算になる。これが何とも惜しいところなのだが・・・。

ダイヤモンドバックスが、ヤンキース戦終了時にスカウティングレポートをベンチに置き忘れる。

  • 2007/06/16(土) 19:51:04

残念ながら、6月15日の対メッツ戦を0-2で落し、10連勝は果たせなかったヤンキースだったが、9連勝目となった前日の対ダイヤモンドバックス戦の試合後、ダグアウトに珍しい忘れ物があったことがニュースになっている。
現在、メジャーはインターリーグの真っ最中で、これは本来ならワールドシリーズでしか実現しないア・リーグのチームとナ・リーグのチームが試合を行うということで、同じ都市を本拠地にしているチーム同士が激突するなぢ、1997年にスタートして以降人気イベントとして定着している。しかも、ヤンキース対ダイヤモンドバックスと言えば、第7戦までもつれた2001年のワールドシリーズのカードで、昨年までヤンキースにいたビッグ・ユニットことランディ・ジョンソンが、今季から古巣のダイヤモンドバックスに戻ったなど、因縁浅からぬ関係だったこともあり、ニューヨークっ子も事前から楽しみにしていたようなのだが、終わってみればヤンキースが3連勝を飾ったということで、スタンドで応援していたファンも心穏やかに帰路につき、めでたしめでたし、となるはずだったのだ、本来なら。しかし、プレイしなれない環境だったこともあったのか、それとも慌てて球場を去らなければいけない理由でもあった為なのか、ダイヤモンドバックスが使ったベンチには、なんとヤンキース打線のスカウティングレポートが落ちていたのである。

これは、ダイヤモンドバックスの先乗りスコアラーが、対戦相手の「傾向と対策」を記したものだったのだが、本来なら門外不出の超極秘事項だけに、AP通信はその内容をほぼ全て記事にして公開している。当然、ここでもそれをお伝えしたいと思う。

●アレックス・ロドリゲス
現在は非常に好調。2ストライクからなら、外角のワンバウンドの球でも手を出してくる。チェンジアップを外角に投げれば有効。左腕投手なら、内角へ速い球、外角に遅い球を。追い込んだら、高めのボール球で釣れ。

●デレク・ジーター
バントあり、ヒットエンドランあり。足が速い。低めに落ちる球は苦手。外角に逃げるスライダーも手を出そうとする。まずカウントを有利にした上で、球種を色々織り交ぜて攻めろ。初球のコントロールが重要。

●ボビー・アブリュー
現在は絶好調。得点圏に走者を置いて迎えたら、初球は外角にストレートを思い切り投げ込め。

●ジョニー・デーモン
右投手が投げる遅い変化球が苦手。左投手なら内角高めにストレートを。

●ホルヘ・ポサダ
有利なカウントになったら、遅い球を使う。打者有利のカウントでは、めっぽう強い。

●メルキー・カブレラ
追い込んだら、高めで釣れ。引っかかることが多い!どのカウントからでも振ってくる。

とまぁ、こういう内容だったのだが、結局試合ではこれを生かすことができなかった、というわけなのだ。
また、この中に松井のデータは入っていなかったのだが、ダイヤモンドバックスは注意する必要はないと見ていたのか、はたまた弱点も要注意事項も見つけられなかったのか、といった理由は一切不明の上、明かされることも決してないはずである。松井にしてみれば、ちょっと微妙な気分にさせられるポイントかもしれない。

タイガースのジャスティン・バーランダーが、ノーヒッターを達成する。

  • 2007/06/13(水) 14:55:31

DETROIT PITCHER JUSTIN VERLANDER HAS A NO-HITTER THROUGH SIX INNINGS.

DETROIT CENTER FIELDER CURTIS GRANDERSON EXTENDED HIS HITTING TO 12 GAMES WITH A TRIPLE IN THE SIXTH INNING.

DETROIT PITCHER JUSTIN VERLANDER HAS A NO-HITTER THROUGH SEVEN INNINGS.

DETROIT PITCHER JUSTIN VERLANDER HAS A NO-HITTER THROUGH EIGHT INNINGS.

DETROIT PITCHER JUSTIN VERLANDER HAS A NO-HITTER THROUGH 8 1/3 INNINGS.

DETROIT PITCHER JUSTIN VERLANDER HAS A NO-HITTER THROUGH 8 2/3 INNINGS.

DETROIT PITCHER JUSTIN VERLANDER HAS THROWN A NO-HITTER.

・・・この試合のGame Notesは、ただ淡々と試合の経過を伝えただけだが、その間マウンドで一人戦っていた男の心情は、いかばかりだったのだろうか。

デトロイト・タイガースのジャスティン・バーランダー投手が、6月12日の対ブリュワーズ戦で自身初のノーヒッターを達成している。与えた四球は4だった為、引用したNotes同様、試合中盤までは誰も気がつかない状況のようだったが、静かに深く潜行していた分、終盤のマウンドに立つバーランダーへの圧し掛かったプレッシャーもかなりのものがあったようである。

この日のバーランダーは、2回までブリュワーズ打線を三者凡退に抑える上々の滑り出しを見せている。3回表にはビル・ホールに四球を与えたが後続を三振とファーストゴロに抑えて無失点で切り抜けると、その裏タイガースはインゲがブリュワーズ先発のジェフ・スーパンからレフトへソロ本塁打を放ち、先制点を挙げる。だが、取りあえずこの段階でバーランダーに見えていたのは、白星の片鱗くらいだったかもしれない。
バーランダーは4回表と5回表にもJ・J・ハードリーとホールに四球を与え、これで何となく「もう誰かがヒットを打ったよね?」という空気も試合に漂うような感じになったのだが・・・。
6回表、タイガースは1死2塁のチャンスにグランダーソンがライトへ三塁打を放ってまず1点を追加、更にポランコがライトへ犠牲フライを打ち上げてもう1点をバーランダーにプレゼントする。更に7回には1死2塁の場面でインゲがセンター前へタイムリーを放って4点目をゲット、これで残る注目はタイガースがこのまま勝利できるのかどうか・・・、だったはずなのだが、スコアボードを見ればブリュワーズのHは0のまま。そう、バーランダーがノーヒッターを継続中だったのだ。
8回表、先頭のエストラーダをファーストゴロに打ち取って残りのアウトは5、しかしここで打席に入ったホールにこの試合3つめの四球を与えてしまう。嫌な雰囲気が漂う中、左打席にゲイブ・グロスが入る。しかし打球は、ショートのネイフィ・ペレスへ。これを掬い上げたペレスは二塁のカバーに入ったセカンドのポランコへ、そしてポランコは一塁のショー・ケーシーへと球を送り、ダブルプレイを完成させ、バーランダーを救っている。

9回表、バーランダーは先頭のクレイグ・カウンセル、続くトニー・グラッファニーノを共に空振り三振に切り捨てる。力強い投球で後1人まで漕ぎ着けたバーランダーに、3万3555人のデトロイトのファンが歓声を降り注ぐ。打席には、この日与えた4つの四球のうちの1つで出塁させているJ・J・ハードリーが入る。バーランダーは高めのカーブを投げ、これを振ったハードリーの打球はライトのマグリオ・オルドネスの守備範囲へ。これをオルドネスが難なく捕球して、タイガースにとっては1984年にジャック・モリスが達成して以来のノーヒッター達成の瞬間が訪れている。
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「5回か6回あたりから、気がついたかな。まぁ、気にするなってのも無理な話だけど」と試合後バーランダーは語っている。また「チームの皆は、(点が入ったりすると)ハイファイブはしてくれたけど、誰もオレに近づかず、隣に座るなんてことをするヤツもいなかったよ」と試合中の様子を振り返っているが、ブリュワーズにしてみれば、この日のバーランダーは全く隙がないと映っていたようで、2つの三振を奪われたカウンセルは「オレ達束になってかかって、やっと4、5球強く打てただけだったよ。それだけバーランダーが試合を支配していた、ってことさ」とコメントしている。しかし、バーランダー本人にとっては、とにかくヒットを許さないことだけが問題だったわけで「正直言うとさ、アドレナリンが噴出しまくりだったよ」と必死にアウトをとりにいっていたことを打ち明けている。
それだけに、最後の打者となったハードリーの打球を見上げた時は感無量だった模様。なのに、それを邪魔したのがバッテリーを組んでいたパッチことイヴァン・ロドリゲスだった。ノーヒッターを確信したバーランダーは、マウンドを降りながら「やってやったぜ!」と叫び、待ちわびた27個目のアウトが成立する瞬間をその目にしようとしたのだが、それは叶わなかった。キャッチャーズ・ボックスから駆け寄ったロドリゲスが、その前にバーランダーを抱きしめていたのだ。「捕球するシーンが見たかったんだ。でもロドリゲスがもう、耳元で叫び声を挙げてたよ!」とバーランダーが話すと、ロドリゲスは「オレ、バーランダーよりも興奮してたと思う、うん」と”妨害”の場面を振り返っている。
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歓喜に沸くチームの中で、人情家として知られるタイガースのリーランド監督は一人流れ出そうになる涙と格闘していたようである。リーランド監督は「人は誰でも、こういう場面を迎えると、心にいくつもの葛藤を生むものだ」と話し、「私は、彼と同じチームで幸せだと思う。このチームにいられることも幸せだと思う。そして、こんな特別な夜をその目にできた多くのファンのことも幸せだと思う」と結んでいる。

バーランダーのノーヒッターは、ホワイトソックスのマーク・バーリーが4月18日の対レッドソックス戦で達成して以来で、今季のメジャーでは2回目。デトロイトでのノーヒッターはエンジェルスのノーラン・ライアンが1973年にタイガースタジアムで達成して以来34年ぶり、ブリュワーズがノーヒッターに沈んだのは1994年4月27日にツインズのスコット・エリクソンに達成されて以来13年ぶりのことになっている。

バーランダーは1983年2月20日にバージニア州のマナキン・サボットという街で生まれている。グーチランド高校、オールド・ドミニオン大学を経て2004年のドラフトで1巡目(全体で2番目)にタイガースから指名を受けてプロ生活をスタートしている。メジャーデビューは2005年6月4日で、この年は2試合に登板、そして昨年は150キロ後半のストレートと145キロ前後のカーブを武器にローテーションの一角を占め、17勝9敗、防御率3.63という素晴らしい成績を残して、タイガースのワールドシリーズ進出を演出した上、ア・リーグの新人王を受賞するに至っている。
バーランダーは今季もこれで星を7勝2敗としたが、タイガースにとって楽しみなのは、前回ジャック・モリスがノーヒッターを達成した1984年は、パドレスを破って1968年以来のワールドチャンピオンに輝いていることである。今日の記録が、あの年の再現への布石となるのかはわからないが、37勝26敗で貯金11としたタイガースは、現在ア・リーグ中地区でインディアンスと同率首位である。


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